何をしたって死ねばみんな塵芥になるのみ
何をしたって死ねばみんな塵芥になるのみ。
しかし
それは「ただそうである」というだけの話であって
何かをする事によって
それが、社会になにも遺さなくとも
ソレをしたという事実は、自分が消えるその寸前までは残る。
ただそれだけの事ではあるが
それだけであることが、すべてなのかもしれないとか思ったりもする。
要は人の一生とは、自分から見て自分が何をしたかだ。それだけ。
釈迦が「他人が何をしたとか何を言ったとかではなく、自分が何をしたかを大事にしろ」みたいな事言うてたが。
道徳とか倫理とか、そういう側面の話でもこれは大事だし、
メンタル維持のためにも他人のあれこれに構う事はよろしくはない。
自我を肥大化させてしまうから、自分への意識を向けすぎるという意味ではないが、
自分が何をするかという事は、本当にただそれだけのことではあるものの、
大事な事なんだろうと思う。
その、それだけの事のために死ぬまで生きる。
それだけの事のために
それが社会的に価値があるかどうか、それも大事だけど。
本当のところそんな事すらどうでもいい。
そういう儒教的な、社会の歯車的な、そういう生き方は回り回って社会の役には立たない。
本当に役に立つのは、他人を害したりせずに、個人を追求した結果なような気もしたりするし。
リバタニアニズム的な。