うねおろぐ~生きる目的を失ったリタイア中年~

本業漫画描きの掃き溜めブログ。哲学/瞑想/メンタル/隠居/仕事の話など

男性の孤独は独身男性を性犯罪者予備軍扱いするからでは?

これを書いてる日の数日後、地元の祭りがあるんですけど

近所の小学校で

独身の自分は「行けるわけがない」とシンプルに思った。

独身孤独の問題について思う所

男性の孤独が加速するのは、1人でウロウロしてる男を、まるで犯罪を犯す謎のやつ扱いをするからなのではないかと思う。

女性がウロウロしていても別にそういった扱いはされないのではないだろうか。

無論僕は女性ではないので、女性孤独も女性なりの辛さがあるのだろうけど、それは僕が男性ゆえに汲み取れないので今回はあえて独身男性としての意見を書く事しかできない。

男が1人で、しかも子供が絡む行事でウロウロしていると、疎外感というよりも、「出て行け」と言われているような気分になる。

僕は、公園でゴロゴロしているのが好きだけど、小さい公園に子供がいると入るのを遠慮するくらいだ。

僕が神経質なだけかもしれないし、僕自身どちらかと言えば自主的に引く事を好む人間なので、こういった間接的な自由の阻害はあまり気にはならない。

ただこういった、世間の目という拒絶や間接的な迫害や行動制限は、孤独男性の孤立感を加速させているような気がする。

とはいえ

子供の安全の方が優先度が高いというのも承知なので、不安を与えないためにも、僕は一歩引いて生きるようにしている。

所詮自分の心の問題は環境的な外部的な要因をどうこうしようとしたところで一時的にしか解決できないので、一歩引いて自分の問題として処理した方が効率的だと思っているから、僕はこれで問題はない。

ただ、世間一般では、テレフォン人生相談なんかでよく聞くように、

世間一般の問題解決は「他人を、環境を、どうにかできないでしょうか」という話になっているらしい。

だから、孤独男性や弱者男性が自分の問題としてではなく、「阻害してくる世間をどうにかできないでしょうか」と考えてしまうのは一般的には当然だが、それでもたらされる結果は世間一般的には受け入れがたいものになるのだろうと思う。

多様性だのなんだのというけど、「コンビニ人間」の言葉を借りるなら

この世界は平気で異物を排除しにかかってくる。

事実として、結婚していない男は異物扱いされているのだろう。

僕はもとより、仕事がエロ漫画家という異物も異物な存在で、偏見を持たれているのは承知の上なので許容して生きることに慣れているが、そうでない人たちはどんな気分で生きているのだろうか。

それこそ、コンビニ人間に出てきた、30半ばでコンビニバイトもろくに行えない世間を敵視して怯えていた彼のような気分なのだろうか。

そう思うと

やはりこの世の中は多様性を許容できるほど、成熟してはいないのだと思う。

世間の価値観や許容度なんて僕にとっては、どうでもいい話なのだけど。

今の日本では男性の孤独は100%解決できないだろう。