ペシミズムの幸福論を再学習
Youtube界隈に長く関わりすぎたせいか、なんかセットポイント狂ってるなと思って。
あとは、昔ならアニメやドラマ、漫画読んでた時間がYoutubeに食われてて、なんか時間間隔みたいな、忍耐力みたいなのも死んでるなと思ってたり。まぁこれは今回の話とは関係ないけど、小説読むと良いらしいのでYoutube見るのやめてリカバリしてる。
ショーペンハウアーと釈迦を再学習してる。
要点を雑にまとめる
- 孤独は自分を見つめ直す時間
- 享楽は幸福とは関係なく、金と時間があまって暇に苦しむことを避けた結果みたいなもの
- 幸福とは、「さほど不幸でないこと」
- 幸福になりたいなら、没頭できるなにかを見つけろ
- ショーペンハウアーいわく「もの作れ」
- 金や他人からの承認を過剰に求めるな、キリがない。必要最低限あれば安寧は得られる。
- モノ、地位、他人に依存するな、一人で居ても満足できる人間になれ。
孤独問題について、最近やたらと世間でも騒がれてるからか
孤独=悪って思いがちだけど
孤独は別に悪でもなんでもない。
なにかに没頭したり、自分について考え直すには一人の時間は必要。
誰ともつながってなくても 別に構わない。
どうせ100年後には大体のやつが死んでる。
覚えてもらわなくても関係ない。
どうせ100年後には大体のやつが死んでる。
仮に覚えられていたとしても、自分にはそれを知る術がない。
自分は幸福でないという自覚こそが不幸であるという
思うに
最近自分は「こうふくではない」と定義していた気がする。
別に不幸ではないけど
友達少ないし、基本一人だし、放っておくと一ヶ月、2ヶ月まともな会話なんてしない生活をしてる。
それがまずいのではないかという意識があった。
でも、僕は絵を描いたり、ラジオを聞いたり、映画やドラマを見たり、漫画や小説を読んだりしてると別に「暇に苦しむ」ってことは起こらない。
むしろ、その一日の終りに「何もしてなかった感」を感じさせるのは、一人でいる感覚を避けるためにYoutubeでLiveを見てたとか、そういうことだったりするので
むしろ、一人でなにかに没頭してる方が「なにかした感」を感じる気質なのかもしれない。
別に幸福ではないわけではない。
苦痛に悶てるわけでもないし。
好きなことはぼちぼちある。
絵をお金をあまり結び付けなければもっと楽になれる
というか「お金のことを考えることをやめる」ってのが最も充足感を得られる気がする。
豪遊するわけではなく、上にも描いたけど、豪遊は暇から逃れるための行動であって、そういうことでは根本的な解決にはならない。
お金を稼ぐとか、節約するとか、まぁ大事なんだけど、そればっかりじゃなくて「遊び」をもっと大事にするというか
当たり前な話なんだけど、夜は仕事せずに漫画読むとかドラマ見るとか
そういうなんかすげぇぼんやりした、「当たり前の社会人の帰宅後の生活」みたいなものをするだけで
十分なんじゃないかって。
自営業の悪いところよな。
ずーっと仕事してしまうの。
もっとアニメでもみよう。