うねおろぐ

本業漫画描きの掃き溜めブログ。哲学/瞑想/メンタル/隠居/仕事の話など

「生きているのは楽しいよね」というクソバカ思考について

生きているのは楽しいかもしれない。

しかし、それは今自分が健康で、苦痛を感じていないからにほかならない。

釈迦は生病老死は誰にでも訪れる苦であると説いている。

生まれ生きること

病になること

老いる事

死ぬこと。

あと4つあるがそれは置いておいて。

とにかく病と老いは辛い。

病は不条理に苦しいし、老いも健康や自由を奪っていく。

そして最後には死ぬ。

それをいつか迎えるという事とどう向き合っていくかが生きることであり、総じて生きる事は辛い。

そもそも生まれなければこんな事は考えなくてすむというのに。

その場その場のハッピーでは、「生きていてよかった」なんてくだらない戯言を一蹴してくれるほどの本当に苦しい状況に立たされた時、人は本当の意味で人生は苦しいものなのだと知る。

病も治れば「生きていてよかった」なんて思うかもしれない

しかし

治らなければ?

治ったとしても、その恐怖がいつかまた来るのではと怯えるのか?

お金があれば暴飲暴食し放題だぜみたいな阿呆な精神もまた

生活習慣病によって打ち砕かれる日が来るわけで

所詮は

人生なんてものは我慢なのだろうと思う。

我慢をどう行うかの違いでしかない。

釈迦をはじめ東洋西洋問わず僕の好きな哲学者達の答えは「目の前の事に集中して生きる」でしかない

根本的な解決にはならない。

というかそんな根本的な解決法は無いんだ。

死ぬしかない。それを解決と呼ぶには些か問題があるが

苦しみから逃れるには死ぬしかない。

どんな方法も一時しのぎにしかならない。

哲学やってメンタルをガチガチに鍛えて、それで死ぬ寸前までうまく苦しみを受け入れて生きられるなら正解なんだろうが並大抵の事ではないだろうと思うし。

生きているのは楽しいなんてのは苦しさを知らない人間の戯言でしかないのではないだろうか

シランケド。

根本的に僕のようなペシミズムな人間とは考え方が違うだけかもしれないけど

楽観的な人間だって、病に侵されても「生きててたのしー」って言いながら治療を受けたり嘔吐したりしてるわけではないだろうし

どんな人間もいつかはそうなる可能性を秘めていて

その時まで楽しいって、無理せず笑っていられる人間が多数派なのであれば

僕は少数派としてこの役に立たない思想を持ったまま死ぬ事になるが

おそらく

ただ見ないようにしているだけで

多くの場合

苦しみの中で悶え死に耐えるのが 人間という動物なのではないだろうかと思うのだけど。

どうなんだろう

面白おかしく生きるには

面白いものを見つける技術を身につけるには何でも良いから、 自分が面白いと思うものを表現する活動をすればいいんじゃないかと思う。

Twitterなんかで、政治やらに対して怒りを吐き出してる人が散見されるが、

そういう人たちは自分から怒りを感じる情報を追いかけているんじゃなかろうか

(政治について関心を持つのが悪いといっているのではないよ)

普段から怒りを表現する活動をしていれば、

なにか問題がおこれば「こんな事あったんですよ!チョベリバ~」とツイートする癖がつく。

これがお笑い芸人ならどうだろう。

腹立つことも面白く話す方法を考える事が癖づいているのではないかと思う。

こんな事あったんやトークも自虐ネタにしたり、誇張して奇人と出会った話にしたりして面白おかしくしている。

物事には根本的な善悪なんてものはない。ただ自分がどちらの立場にいるか、というだけじゃないだろうか

面白いものを発信しまっせの精神でいれば自分の周りでおかしな事がおこっても、面白い解釈ができる。

怒りを発信していればその逆も然り。

所詮、世の中は自分がどう捉えるかにすぎないのだから。

どうせなら面白おかしく生きていたいと思う。

だから、できれば、僕はこんな事ありましてん、面白いでっしゃろの精神で生きたい。

そんな事を思った。

このままで何も変わらずに生きていていいのかとか思うけど

このままで何も変わらずに生きていていいのかとか思うけど

このままでいいかと思って

諦めてしまって

そうやって生きるのも

悪くないのではないか

なにかを変えていくことには限界がある

多かれ少なかれ

どこかで人は諦める

それが

その閾値

少しばかり

他の人より低すぎるだけなんだろう

そうやって

いろんなものを諦めて

小さいものと小さい欲をもって

小さく狭く生きていけばいい

生ききらないくらいなら、それもいいだろうと思えるドロのような人生の方が

幾分かマシかもしれない

世の中には死にたい人と死にたくない人がいる

死にたい人と死にたくない人の思考は相容れない

しかし、それでも生きろと声高に叫ぶ人達がいる。

そして彼らはそれを正しい事だと思っている。

社会でハズレを引いてしまった人を生きる事を善意により強要をするというのは

なかなか残酷な行為だと思う。

所詮

死にたい人 と 死にたくない人 の思考は相容れない。

意識高い系と低い系が相容れないように

金持ちと貧乏人が相容れないように

ツイフェミと弱者男性が相容れないように

多様性多様性と言いながら

本当に認められない多様性は認めない

認めたい多様性しか認めない

生きることに絶望しながら、生きることを強いられて

また絶望する人達がいる

彼らを生かすことがこの世の正義らしい。

戦争は、互いの正義がぶつかり合うとか言うけれど

正義とは向けられる人にとっては、悪意よりも残酷なものになり得るのかもしれない。

なんて思ったり

思わなかったり

ラジバラナカッタリ

金儲けと麻雀と哲学

お金を稼ぐってのは最強の暇つぶしなんじゃないかと思えてきた。

麻雀と思い通りにならないことについて

最近、僕は趣味として麻雀をやっている。

しかし、麻雀は運の要素が強いゲームだ。

東洋哲学の思想が反映されているというか、ストア哲学的というか

麻雀には「自分のコントロール内かコントロール外かを見極めて、その結果は淡々と受け入れる」というメントレ要素があると感じているからやっている。

Mリーグ、U-NEXTパイレーツの小林剛プロなんかはその代表格というか、「流れ」のようなオカルト要素を完全否定しているし

「できる事は選択まで」と解説で話しているのを聞いたことがある。

そういう牌の積まれ方であった事を「運」とか「流れ」と定義するならそれは存在するが、その人が運や流れをもっているから、牌がそう並んだわけではないということ。

これは当たり前だけど、その事実を受け入れるという事は人間にとっては多少苦しい。

仏教における一切皆苦

仏教における「一切皆苦」とは

人生って思い通りにならない事ばかりで苦しいよねー

という事であって、これと真っ向勝負で向き合っていると苦しさは増す。

認知療法的に言えば、その考えにフォーカスしているのだから当然だけど

人間は、苦しいと感じ始めるとその事ばかりで頭がいっぱいになってしまう。

そして人間にはネガティブな事に意識を向ける本能がある。

ソレ故に苦しさは長く続く。

麻雀はこういった問題に対して「仕方ない事か、しかたなくない事か」をたった30分前後のプレイでアホほど経験させてくれる。

だから面白い。

お金を稼ぐ暇つぶしについて

しかし。麻雀をしていていても得るものはない。

もちろんゲームとしては面白い。

ただ、これは「行動嗜癖*1」と「間欠強化*2」によるものだ。

これらの減少は依存ではあるが、ゲームとして理解シている範囲で、生活を圧迫していなければさほど問題になるわけではない。

人間、多かれ少なかれ、何かしらの依存症なのだから、すべての依存行動を排除する必要もない。

人、食べ物、モノ、ゲーム、ギャンブル、場合によっては運動のような健康的な行動にすら依存が生じる。

大事なのはバランスだ。

だから依存をどうという事ではないが

麻雀によってわざわざこの「メントレ」をゲームとして行うのであれば

それは仕事の上で行ったとて、さほど違いはないのではないかと思えてきた。

以前、ゲームするならその問題解決を現実でやれば良くないか?みたいな話を書いた記憶があるけど、まさにそれ。

麻雀はこのメントレを見えるかしてくれるツールとして優秀だと思う。

ただ、麻雀を通してこの、ニーバーの祈りよろしくの、問題が裁量内外であるかの切り分けトレーニングが見えるようになったということは

それは現実にも反映できるのではないだろうか。

と思えてきた。

まとめ

  • 麻雀は「問題が自分のコントロール下にあるか、ないかの切り分けトレーニング」になる
  • この切り分けが出来ないと人生は苦しく感じる。= 一切皆苦
  • 麻雀を通してより、この問題が「見える」ようになってきた
  • もっと現実にも投影できるのでは?金儲けとか

という話。

現実に投影するってのは、お金の話だけではないのだけど

僕には社会資本がほぼほぼ皆無なので、人的資本を鍛える事か、金融資本を増やす事くらいしか現実におけるおもしろ要素がない。

もちろん。この問題解決思考を以て、社会資本を築いてみるというのも一つの手かもしれないとは思うけど。

人付き合い増やしましたぜーなんて話を、ネットで公開したところでなんかクソつまらん感じになるだけで

「現実問題=金儲け」としてみただけ。

お金を稼ぐということは苦しい。

しかし、

仕事のスキルを伸ばすのも、課題を解決してより業績を上げるのも

所詮はゲーム。

自分がそれを「課題」だと認識出来るかどうかの話でしかない。

その課題の一つとして「自分のコントロール内か外かを見極めるトレーニングツール」として利用するという意識を持つだけでも多少面白くはなったりするんじゃないかと思ったり思わなかったり。

マインドマップ書かずに書いたから方向性がよくわからん話になってきたけど。

「課題を解決してるって感覚」は割と大事で

ゲームが面白いのはそれを明確にしてくれてるからに過ぎない。

麻雀もそう。ほとんどの麻雀プレイヤーは和了と振り込まない事を課題としてる人が大半だろうと思うけど。メントレとしてプレイしてる人間なんて少数はだろうし。

課題も人それぞれってことで

とにかく。

「課題」を現実に投影できれば、それは面白くなるのではないかと思ったりするよって話。でした。

ゲーミフィケーションとかいうやつ。万能ではないらしいけど割と使えるって話もよく聞くよね。

*1:行動による依存。スマホのニュースチェック、ギャンブルなど

*2:じらしからの獲得。思ってもみないタイミングでの成功や利益により興奮を覚える事。ギャンブルやガチャなど

【副業】「誰でも出来る」はコスパが悪い

「ブログやYoutubeで楽して稼いだるぜ!」

みたいな甘いこと考えて、ブログやろうアフィリエイターに触発されてサーバー契約させられてる人!

そんな甘い話はないんやで。

という話と起業・副業の考え方について書きます。

誰でも出来る副業はヤメた方が良いと思う理由

  • 誰でも出来る副業は学習コストが低い
  • 上記の理由で参入者が多い
  • 希少性が出せないとコスパが悪い
  • 副業やるなら「面倒な事を」

という話です。

新規参入者が多い

最近Wordpressいじってみたい病から、ブログについて調べてたので、主にブログについての話になります。

当たり前の話だけど

誰でも出来るという事は、新規参入者が多いという事です。

ブログはオワコンなんて言うつもりはないんですけど、 ブログもYoutubeも新規参入しやすいので人口は増える一方。

その中で生き抜くのは大変。

スキル取得に時間がかからない

ブログもYoutubeも、突き詰めれば奥は深いのだろうというのはわかりますが、

作品をアウトプットするだけなら、数日で概要をつかむ事が出来てしまいます。

僕も動画編集は出来ますし、 簡単なライティングの基本は知っています。 (だったら真面目にブログ書けって話ですが)

動画編集については、Youtubeにアップするくらいなら、片手間でも2日もかかりませんでした。

ライティングはあくまでも概要だけですが、 書籍や解説サイトをある程度読めば重複している内容に気づけます。

この重複しているところがポイントなので、 そこを理解できれば後は文章をタイプすればアウトプットが成立してしまいます。

これは、 僕の本業のマンガ業界では、ありえません。

  • 絵を描くスキル。
  • 構想を形にするための基礎を理解する。
  • ネームの書き方
  • 漫画作成ツールの使い方
  • …etc

正直早くても、 作品を形にするのに3ヶ月以上はかかりますし、仮に短期間で形にしても、 出来上がるものは素人の落書きのような見た目になってしまう。

パット見の見た目が悪いので、 多くの場合ひと目に付きません。

それが、 ブログやYoutubeなら数日で形にできてしまう。

そりゃ、レッドオーシャンになりますわ。

そんな中で簡単に稼げるなんてありえない話。

学習コストが低すぎる業界で日の目を見るのは難しい

マンガ業界ですらTwitterやPixivで無名からバズってアニメ化まで持っていけるような世界になってしまっています。

ネットで無料で漫画公開してる人は年々増えています。

マネタイズが追いついてないのがこの業界の悪いところですが、 愚痴はおいておいて。

ブログやYoutubeより、 スキル習得が面倒な漫画の業界ですらこんな状況なのですから

安易に「楽そうだ」と副業を選んでも良いことなし。

専門性や希少性が必要な副業をした方がコスパが良いという事になります。

面倒ってのはその分、他にやる人が少ないって事だから、乗り越えるだけで優位に立てるんじゃよ

ブログやYoutubeを副業として始める時

「楽そう・簡単そう」という理由で始める人も多いと思います。

だけど、簡単だからこそ「難しい」 という事は理解しておいた方が良いのではないかと思います。

自分の好きを突き詰められるもの…というか、

専門性や希少性が力になる副業をする方が

最終的には「楽」なんじゃないかと思うんですよね。

参入障壁が高い事は、 それを越えるコストがリターンに見合っているという事でもあるので

逆に参入障壁が低すぎる事が、 「見えない参入障壁/十分に稼げるまでの壁」を作り出しているのが、 副業としてのブログやYoutubeの欠点ではないかと思います。

副業やるなら「面倒な事」をしよう。

「じゃあブログやYoutubeは簡単だから、他の方法がいいのか?」

ということについてですが

「面倒な事をした方が良い」というのは、「アウトプット方法」の話ではありません。

ブログやYoutubeはたしかに参入障壁が低い、 学習コストが低く新規参入が多いのは事実です。

しかし、そこで生き残れないのは 「人と同じことをしているから」に過ぎない。

つまり

「誰でも出来る」業界の中で「面倒な事をする」方法もあると思います。

例えば、 ブログなら一つの事をガッツリ勉強して専門性を出せれば

「誰でも出来る方法で、 他の人が簡単に書けない記事を書いてる」状態になるので

実質「誰にでもは出来ないもの」になりますしね。

一つでも専門性を持っている人は強いですね。

ただ頑張ればいいというものではない。

100記事書けばOKみたいなクソ記事を見かけましたが。こんな馬鹿な話、あり得ません。

誰にも価値を提供できない記事を100個書いたところで、ウチの掃き溜めブログみたいになってしまいます。

ブログだと軌道に乗らないと「1記事書いて数百円」みたいな世界だったりするので

バイトした方がよくない? って意見も出てくるわけです。

もちろん軌道にのれば青天井な世界だけど、 「誰でも出来る」の範囲だとうまくっても、バイト代程度が関の山。

その中で差別化出来るかどうかが重要になってくるわけです。

つまり、 結局のところブログも仕事にしようとすると大変だーってことですね。

まとめ:誰でも出来る副業はコスパが悪い

というわけで、 結局面倒な事をしたほうがいいよーって話でした。

ブログはダメって話じゃなくて、 専門性とか希少性出せなきゃバイトした方がマシよねーって事です。

面倒を面倒と思わないものが一つでもあれば、 それをアウトプットする形はなんでもいいわけですが。

自分の好きを追求出来たとしても、 多くの人はその「好き」がマジョリティの嗜好と同化してるので、 そこにマニアックさを感じないわけです。

だから、

  • ダイエットや健康
  • お金の話
  • 雑記ブログの中でちょろっとガジェット出してみたり
  • 自分のブログの成績とか
  • ブログやってるからWordpressの話
  • 生き方とか
  • 子育てとか

こんな記事ばかりになって、埋もれていく。

そんな中で、抜きん出られるわけないでしょうよ。

結局はね、イかれてるやつが強いんですよ。

お金を稼ぐって大変だーな。

Wordpressやりたいけど、役に立つ記事書く難易度高すぎなんじゃが

Wordpressをやるとなるとサバ代がいる。

サバ代は月1000円くらい。

1000円も稼がねばならんのか…ということでブログ運営について調べてみた。

SEOライティングはわかった

SEOライティングは概要はわかった。

  • 雑記でもいいけど、ある程度は特化型にしましょう
  • キーワード選定ちゃんとやりましょう

って話。無論これは概要だけ、つきつめると抽象的で意味不明だった。芸術の作り方レベルの話に入っていく。

小説の書き方読んで、小説家ができないように、結局これは感覚的な話で、実践ありきの上で理解しないといけないんだろうし、本質的に言語で明確な答えは示せないんだと思った。

それはさておき、とりあえず一点目の話。

超特化型を勧めてる人もいたけど、書くものに対する専門知識が深くなければいけないし

そこまでがっちり目的意識をもって書けない。

って事で、ある程度の特化型というか一定のキーワード周りをしっかり固めていきましょうという話。

それに伴ってキーワード選定が必要。

できればロングテールキーワード(3語以上の組み合わせ)を狙うと良し。

2語はすでに上位の相手がパワー有りすぎて戦うのが大変なんだとか。

役に立つ記事を書きましょう

これが難易度がくそたかいと思った。

  • 何を求めているか(問題を抱えているか)を把握する
  • それを解決する

なんじゃこれは。と。

他人が、何を抱えてて、その問題を解決するって

なんだそれはと。

僕はブログに救われた事なんて無いんですが

一時的に救われたと思い込んだ事はあるけど、思い込みだった。

ブログで問題解決なんかできるんですかね。

という根本的な問題にぶち当たった。

そもそもこの世界は虚構の塊だ。

裏を返せば、何も解決しなくても、気の持ちようで全部OKになる。

そんな世界の、どこの誰かもわからない相手の問題を解決する?

ナゾみが深すぎてやばい。

無理

まとめ

こいつは。おれっちには無理でやんすよ!

しいたけでも栽培してよ。