いつもながらに、乱文。
■ 読書速度
今英語の本を読んでるので、これは英語計算だけど日本語でもほぼ違いはないはず。
WPMが200くらいになると、以下のような感じらしい。

ちなみに、ワイのWPMは先週あたりに計測サイトで測ったら58という超低速だったわけだが…。(測定サイトの文章が難しかったのかもだけど。
つまり、ワイが50冊読むには、最低でも2時間毎日読まないといけないような状況である、きちー
それに、200でてたとしても、6万語の本だと200WPMでも1時間近くは読まないと50冊超えないわけよ。
読書習慣がない人がいきなりこれやろうってのは無理な話だなぁと思った。
自分も、過去は読書ぼちぼちな方だったんだけど、ここ数年は年に数冊小説読む程度になってしまっていたのでね…。
なかなか壁は分厚いが。
一応大目標としては200冊+3~7万ページ読むってのがあるけど、3-5年はかかる目標なもんで、あんま意識してても仕方ない。
3-5年も先の話なんてね、人間なにがあるかわからんからね。母親はがん治療中だし、あんま先のこと考えたくないよなぁって思うわけ。
釈迦らが説いてる事が今になって実感として強く響いてるわけだけど、人間には本質的に「今しかない」わけで。
先のことより、今どう読むかなんだよ。
といっても、こういう数字はあまり本質的には役に立たないと思っていて。
無論英語力や母語でも外国語でも、ボキャブラリを伸ばすには量を熟すしかないんだけど、それは結局副次的なものであって
本質は「本を読むことを楽しめるか」だと思っているので。
参考までに調べたけど、あまり必死に考えるものではないなと思った次第である。
ま、1日2時間本読むくらいね、別に半無職状態の俺には全然出来ることなんだけど。「毎日2時間」って意識すると逆にしんどくなるなぁと。
WPMもそのうち伸びてくるだろうから、2時間もいらないのかもだけど。毎日1-2時間くらいの読書習慣は身につけておきたいなと思った所存。
■ ネットは毎日が薄味になる感じ。
なんで読書やら映画やらを習慣にしようと思ったのかって、シンプルにネットって見たものの記憶が残りづらいというか、なんか毎日が薄味になる感じなんですよね。
物語に限定しなくても、例えば最近読んだ本で面白かったサイコロジーオブマネーとかもだけど、読んだことがいつまでも頭に残ったり、また参照したくなるような体験っていいなって思うんですよね。
でも、ネットってそれ薄いじゃないすか。「ネットでみたアレをもう一度」ってのがここ数年マジでなくてねぇ。
Flashの時代は色々あった気がするんだけど、というか今でも覚えてるネタ動画とかあるけど、アルゴリズムが発展しすぎたせいなのか、情報は雑多になり消耗品的になっていって、頭に残りづらくなってるような気がする。
それにくらべて、最近みた映画達は思い返せるしね。
「最近何見た?何が面白かった?」って問われた時、答えられる人生がいいなと思いまして。
俺は外でアクティブに動く人間じゃないので、実際の体験で話せることは薄いかもだけど、映画や小説、本で読んだ面白いことくらいは話せる人間になっておきたいと思うんですよねぇ。
人間的にもそうだし、打算的にもね。
誰だったか「子どもに話せるくらい敷衍できないと、理解できてるとは言えない」みたいな話あったよね、リチャード・ファインマンだったか。
アウトプットできないインプットって、語学に限らずインプットできてるとは言えないのかもね。
映画や本はそれが出来るもんなぁ。
上手に話せなくても、こういう映画見たよ。こういう本読んだよ。こういうところが面白かったよ。10点満点だと■点だね。とかその程度でも言葉にできる体験を積んでいきたい、なんて思うのであった。
■ Hobbit読めなかった。
Hobbitは、読めなかったので一旦読みきれなかった本リストに入れた。
理由は、文体が独特、ちょっと古い小説なのでその読みづらさもある、文が長くてスマホで読みづらい(外で読んでた)、最初の掛け合いがなんかしっくりこなくて。
みたいな感じ。
面白いかもだけど、英語力の乏しさの壁がまだある感じがしたのでやめました。
長文の理解力と単語力(これはHobbitの場合、書かれた時代感やファンタジー特有単語もあるので多少仕方ないかも)、がもう一回りついてから再挑戦しようかなと。
辞める勇気ね。んで、併読本はWonderにした。
いまメインで読んでるThe Wild Robotは半分ちょっとまで読みましたわ、Robot作品だと思ったけど母子の話になっているの、なかなかいいよ。