「セミリタイアは最高です」とか言わない
僕は自分の人生は泥だと思っている。
セミリタイアは最高ですなんてのは酸っぱい葡萄と同じで
他の色々を棄ててきた結果、他の色々について間接的に悪態をついてるようにも見える。
僕は、ネガティブだし厭世的なので、そもそも自分を肯定するのが苦手だ。
自己欺瞞に浸るくらいなら、否定していた方がマシだと思ってしまう。
昔は、否定した事を改善する事が原動力として動いていたけど、さすがに40も近くなるとそうも言ってられない感じになってくる。
勉強したい事や読みたい本は沢山あるし、筋トレやったり画力トレーニングしたり、たしかに改善したい事に大してアプローチはしてるけど
それはなんというか
目標があるから、というよりは、ただの習慣だ。
習慣まで捨てろと言われも困る。
人間なんてただただ習慣に沿って生きる機械でしかないんだからそう簡単な話ではない。
この少ない娯楽をやめてしまえば、僕は何もせずぼーっとして過ごすことになってしまう。
僕はきっと、他の生き方をしててもそれを最高ですなんて言わないだろう。
そういった気質がずっと足枷のようにこびりついていたけど
最近は、ショーペンハウアーの「あまり不幸ではない人生こそ幸福である」という言葉が少し慰めにはなっている。
負け犬のような生き方を、肯定できずとも、ほどほどに慰めて
ただ泥のように死ぬのを待つだけだが
それでも別に構わない。
これは僕の人生だから、僕がどう否定しようと他人には関係がない。
僕は僕を否定し続けて、僕自身への興味を失いたい。
そうすれば、何も気にならなくなる。それが本当の意味での自由のような気もする。
執筆日2022-08-07